パザパ

パザパ pas a pas ・・・フランス語で一歩一歩。頑張らずでも一歩一歩前に進める日々を願って・・・

久しぶりに久住に行って来ました

ほとんど雨らしい雨が降らないまま、あっという間に梅雨が明けて、以来ず〜っと暑い暑い日々が続いている。アーユルヴェーダーに因るとピッタのエネルギーが強くなる夏は、ピッタ体質の人は一層ピッタが増悪して体調を崩しやすいという。なるほど、ピッタ体質の私はしかも8月生まれだし、夏にはパワーが半減して毎年夏バテしてしまうのは仕方ないことなんだ、むしろ私は夏を先取りしてるんだと納得する。とにかく体重が落ちないようにしっかりと食べて、大好きな昼寝をしよう。庭のゴーヤがやっと実り始め、今朝も大きなゴーヤを収穫した。今夜はゴーヤチャンプルを作ろうかな。

6月末になんとか2日間のお休みを取り、久しぶりに久住に遠出した。
久住といえば久住山でしょ。昔、登山にハマっていた頃、久住の山々を縦走していたことを思い出した。久しぶりに登ってみよう!とりあえずその夜の宿を予約する。昔々履いていたトレッキングシューズとステックを車に積み込み、リュックにおにぎりや水を詰め込んで、意気揚々と出発した。九重で高速を降りてやまなみハイウェイを走る。夫の運転で何度も通った道を初めて自分で運転をする。運転が苦手で特にカーブが怖い私は、ずっと緊張しっぱなし(汗、、)なんとか牧の戸峠の駐車場に着いた時は、すでにかなりお疲れ状態でこれから登山!??大丈夫かな、、、既に暗雲垂れ込め始める。しかし、ここまで来たら登るしかない。

登り初めから急な階段状の道が続く。結婚して初めての夏、昭和51年6月の山開きのときに両親と姉、夫と義母と一緒に登った記憶があるけれど、本当にこの山だったのだろうか?一気に心拍が上がり、額の汗を拭う余裕もなく「しんどい!足が重い!やばい!」こころがずっと叫び始める。登り初めからこれでは先が思いやられるよとひとり思いながらも、何とか足を前に運ぶ。やがて少しづつ呼吸も落ち着いていく。空は限りなく青く、太陽の光は眩しいけれど、通り過ぎていく涼風が汗ばんだ体を気持ちよく和らげてくれる。

登り始めて30分くらい経った頃だったか、ずっと靴箱の奥にしまい込んでいたトレッキングシューズの靴底が!!なんと完全に外れた。事前にチェックしなかったことを後悔するが、時すでに遅く。衝撃を和らげるクッションを無くした靴は、まさにスリッパを履いた状態となる。とにかく滑る。両手にスティックを握り閉めて踏ん張り、岩から降りるときは滑らないようにゆっくり慎重に重心を移動する。全身に無駄な力が入り汗が吹き出す。ずっとずっと足元から眼が離せず周りの景色を眺める余裕もないまま、気づいたら既に2時間が経過していた。やっとお腹が空いていることに気づく。

山頂が臨める避難小屋の近くで持って来た梅肉いっぱいの玄米おにぎりを食べる。もう頂上は目の前に。しかし最後のこの登りをスリッパ?靴で登り、また降りることが出来るだろうか。ここで断念するべきか。悩んだ末にもう少し頑張ってみるかと再び重い腰をあげて登り始める。大きな岩場に足を乗せて踏ん張った瞬間、滑り落ちた。肘と膝を強打する。幸い軽く擦りむいたくらいだったけれど、これはもう限界だなと思った。ここまで来て諦めるのは本当に残念だけれど、ここで無理をしたら明後日からの仕事に差し支える。先に登っていた娘に避難小屋で待ってるからと告げて、ひとり降り始める。ゆっくりゆっくりと一歩一歩確かめるように降りていく。頭上で自衛隊の飛行機が何度も旋回していく。あれは戦闘機なんだろうか。ふとウクライナのことを想った。

やっとやっと牧の戸に降り立ったのは既に夕方5時を過ぎていた。11時から登り始めて6時間もかかってしまった。足は既に限界にきていた。それでもまだ開いてた売店でソフトクリームを食べ、今夜の宿に向かった。以前登ったときはそれほど大変ではなかったのにねと娘に話しながら、あれって35年も前だったなということにやっと気づいた。そうかぁ、自分の歳を忘れていたことに呆れながら、まぁこの壊れた靴でよく登ったよねと自分を慰めた。目の前に阿蘇の外輪山を眺められる部屋には広い温泉がついていた。早速温泉に浸かり全身をしっかりマッサージをする。1日の疲れが湯の中に溶けていく。窓の外には緑の世界が広がり、小鳥の可愛い囀りが聴こえてくる。「あ〜極楽、極楽!」

新月の夜だった。空には満天の星がキラキラと光輝いていた。翌日は久住ワイナリーまで足を伸ばしワイナリー自慢のワインを購入して、隣接するレストランで高原野菜いっぱいのピザをいただいた。長者原にあるタデ原湿原も散策して、暑い暑い福岡の戻った。
結婚して初めての夏に、家族みんなで久住山に登った写真を押しれの奥から探し出した。亡くなった両親や夫や義母、そして私と姉が写っていた。姉にラインでその写真を送った。「みんないなくなったね。寂しいね。」出来たらもう一度久住山の山頂に立ってみたい。そしてあのときと同じように山頂で写真を撮りたいな。

「ああ。こんなときにも空をきれいと思っていいの 自転車をこぐ(スギナ)」朝日新聞の「言葉季評 穂村弘」に記載されていた短歌。久住の山々も空も風も夜の星も全てを忘れるほど美しく澄み渡っていたけれど、どこか全力で消化出来ない私がいた。今は闇にこころを向けすぎず、光を見ていようと思うのだけれど、それで本当にいいのだろうかと自問は続いている。混沌を抱えて迷い悩みながら生きるしかない。今週も一歩一歩。