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パザパ

パザパ pas a pas ・・・フランス語で一歩一歩。頑張らずでも一歩一歩前に進める日々を願って・・・

悲しみの日々に

9月も気が付けば残り1週間になってしまった。結局今年は本格的な夏が来ないまま秋になってしまったような、なんとも消化不良状態ながら、日暮れが早くなり、秋の虫たちが鳴き、季節は確実に秋モードに変わりつつある。そして私は相変わらずヨーガの指導に明け暮れる毎日を過ごしている。

そんな9月の16日、夜のレッスンがある火曜日の夕方、我が家の電話が鳴った。携帯電話が常となってから、めったに鳴ることのなくなった我が家の電話ゆえに、やや警戒心?いっぱいで「もしもし・・・」と応えた向こうから・・・・・
「母が先生のヨーガでお世話になっていましたNの娘です。母が今朝亡くなりました」
・・「えっ・・・」と絶句した私。その瞬間、私の何かが壊れ、停止してしまった。

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もう20年近く私の生徒さんであった人が亡くなった。出会った時から別れる日までつまり20年近くずっと癌と闘い続けた壮絶な人生だった。「またきっと元気になってここに戻って来ますね。」優しい笑顔でそう言って入退院を繰り返し、そしていつも元気に戻って来てくれた。でも今回は・・・いつものように「また・・・」と、笑顔で別れてから1年半になるのか。それからは携帯のメールで近況を語り合ってきた。
あれは2か月くらい前だったか。すっかり力のなくなった声で電話をいただいた。「かなり症状が悪化していて、ついに食べられなくなったんです。色々考えたけれど家で介護の力を借りて生活しようと思っています。」家が大好きな彼女だったから、「そうだね。それが一番いいと思うよ」そう私は答え、「どこまでやれるかわからないけれど、頑張ります」という言葉に逆に私が励まされる思いで電話を切った。
「そうか、そんなに悪いんだ」胸が張り裂けそうな思いに電話を切ってから一人で泣いた。それから1ヵ月後彼女は家に帰り、でもそれ以降は背骨に転移した癌の痛みに耐えながら懸命に闘い続け、最期は大好きな家で大好きな家族に囲まれて眠るように亡くなられたという。

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先生と生徒という関係ではあったが、あまりにも長いお付き合いだったから、未だにいなくなったという事実が受け入れられないでいる。そしてもっとこうすればよかった・・・・など後悔の思いが次々に湧いてきて、涙が溢れて来て。「あぁ・・・そうかもうあなたはいないんだ」と、一日に一度はそう独りごとを言っては落ち込んでしまう。こころが清らかで、優しくて、笑顔がきれいで、本当に本当に彼女は聖女だったなぁと改めて思いながら、先生であった私は、実は彼女に支えられ、教えられていたことがいっぱいだったことに気づく。遅いよね・・・・自分が不甲斐なく、小さくて情けなくて、「いかんなぁ・・・」

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 「自分が生きていても、その自分のことを知ってくれている人間が死んでしまえば、自分の一部が死んだことになる」最近読んだ本の一文がずっと胸に突き刺さったままだ。そうか、だからこんなに痛いんだ。そうか、この私の命って私のものではないんだ。私の親しい人たちに支えられ、その人たちによって生かされている命なんだ。死んでしまった私の一部が生き返ることはないのだから、ずっとこの痛みは胸の奥に抱えて生き続けなくてはならない。頑張って生きていかなくては。私の親しい人たちを悲しませないように・・・


9月が終わろうとしている。秋が「はしり」から「さかり」に変わる。日暮れが早くなり、一層追い立てられる思いに駆られながらも、寂寞たる思いに、膝小僧を抱えて座り込む。
もう少ししたら、天国にいる彼女に「先生、ファイティン!!」と励まされながら、またむっくりと起き上がって歩き始める自分を信じよう。

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