読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

パザパ

パザパ pas a pas ・・・フランス語で一歩一歩。頑張らずでも一歩一歩前に進める日々を願って・・・

フィンランドというと・・・・その2

再びのヘルシンキ旅便り?!書き始めたらやめられなくなり、こうなったらあくまでも私の個人的旅日記として綴ることにする。
ヘルシンキ3日目は港からそのフリーチケットを使い、フェリーに乗って20分くらいのところにある、要塞の島スオメンリンナに行く。昨日駅のキオスクで5日間有効のDay Ticketsを買った。ヘルシンキのバスや地下鉄やトラム(路面電車)やフェリーにも乗り放題で使えるチケットは5日間でわずか24€。日常品の消費税は14%、それ以外の贅沢品は24%。だから公共の交通機関はかなり安い。

f:id:chezk087:20160715230528j:plain

港に行き、フリーパスが使える公共フェリーに乗って、スオメンリンナ島へ向かう。昨日の不安定な気候がうそのように快晴の空、ピーカン!!お供はもちろんカモメ。
スオメンリンナは1748年に築かれた海上要塞の島で、1991年世界遺産に登録されたという。全くの予備知識がないままに島が近づいてくる。で、あっという間に到着!!とにかくこの島の歴史を調べなくては!!と、スオメンリンナ博物館に行く。フェリーに乗っていた人たちはどこに行ったのか、館内は私たちだけ。島の歴史を上映する部屋も同じく。25分間日本語での紹介をセレクトして、全く知らなかった島の歴史を知る。
バルト海にあって、スウェーデンの統治下にあった時代から、ロシアの自治領になり、英仏艦隊の襲撃やフィンランドの内戦、そして第二次世界大戦の軍事基地として、常に闘いの渦の中にあった。この場所で一体どれほどの人の命が奪われたことだろう。

f:id:chezk087:20160628154214j:plain

1918年要塞はフィンランド領になり、1978年フィンランド駐屯部隊が撤退して、島はやっと教育文化省の管轄となる。そして1991年、要塞が軍事施設のユニークなモニュメントとして、ユネスコ世界遺産に登録される。現在は800人のヘルシンキ市民が居住し、また要塞で活動する多くの工芸作家や木造帆船を修復する職人たちによって、フィンランドの伝統工芸が維持され、また毎年多彩な文化イベントが開催されている。(「海上要塞スオメンリンナ」より)

f:id:chezk087:20160628163412j:plain

 洞窟があり、砲撃へと切り抜かれた窓があり、闘いに明け暮れた島の昔を偲びながら、島のあちこちの残された遺跡を歩く。強固な石の文化だからこそ今の時代にも伝えられるんだな!と、改めて思う。無言の遺跡が語る声に耳を澄ませ、ひんやりとした迷路の道を歩く。

f:id:chezk087:20160718211957j:plain

絵筆をとってこの景色を描きたい!!そう思う場所がそこかしこにある。まさに印象派の世界!!光が風が限りなく優しい。少し空腹を覚え時計を見るとお昼近い時間に。もう随分歩き回っていることを知り、でもたくさんの人で賑わう島内のレストランで食事する気分でもなく、結局フェリー乗り場まで戻ってサンドイッチをゲットして、海を眺めながらのランチタイム。
おこぼれを頂戴しようと居座るカモメのかなり高い声を聴きながら・・・

f:id:chezk087:20160718212704j:plain
再び歩き出し到達した島の最南端の海岸では、ビキニの女性たちが日光浴をしていた。海の向こうにはヘルシンキの街並みが、真っ青な空にはカモメが気持ちよさそうに旋回する。
島の南西にあるクスターンミエッカの土塁と西方に向けられた大砲がロシア統治時代を今に伝える姿で目の前に見えてくる。その向こうには限りなく静かで平和な青い青い空と海が・・・・。戦争に明け暮れた島の歴史を想い、今の平和を輝く空や海を静かに抱きしめる。もう少しこの場所に座って、海を眺めていたい、そんなこころを抱え、やや日焼けした体を抱え、再びフェリーに乗り、フェルシンキに戻った。
ヘルシンキ3日目はその歴史に触れた1日だった。明日4日目はバルト3国エストニアへ。旅はまだまだ続く・・・・・