パザパ

パザパ pas a pas ・・・フランス語で一歩一歩。頑張らずでも一歩一歩前に進める日々を願って・・・

ひと針ひと針 & 一歩一歩

今年の皐月の空は気まぐれに移り変わり、暑かったり寒かったりと、例年以上に大きな自然の現象のジェットコースター的変化に振り回されていたっけ。で、いきなりの真夏日!暑い!まさかの夏日到来?5月に既にこの暑さですか!!と、呆れつつ、大汗かいての週末レッスンを終え、やっとやっとの仕事オフの日曜日も、朝9時からカウンセリング中級講座へ。1日缶詰で学ぶ。
鎌田先生の講義は実に興味深い。集中してひと言も聞き洩らさないようノートを取り続ける。講義の後はグループに分かれ、一人が最近あった感情的になった出来事を語り、他の人がその感情の目的について聴いていく。「執着とこだわりがあるからこそ感情が作り出される」・・・・自分の感情を分析され、感情の元になっている自分のこだわり、執着が露呈される。客観視しているつもりが、まだまだ浅いことに改めて気づかされる。「気づいたら実行!!ではなく、まずは実験!のつもりで。自分を苦しめている一番の加害者は、実は自分自身。自分がただこだわっているだけ。世の中は実はとてもシンプルなもの。ストレスは自分で作って増幅させている」
変われるかな、私!?!まずは実験を開始しよう。

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この講座にも熊本の療法士仲間は参加をキャンセルされていた。熊本はまだまだ大変な状態が続いている。家が全壊された療法士も数名いるとメールが入る。お腹が痛くて病院に行ったら腕が骨折していると言われたという。自分の体のことは後回しで、頑張っている仲間を思うと胸の奥が痛くなる。倒壊した家屋の片付けとかは、体力あるから出来ると思うけれど、高齢者が行ったらかえって迷惑になるし、ヨーガ療法士としてこころと体のケァーで行きたいけれど、現地はまだ受け入れる状態ではないようだ。だから今は祈るしかない。毎朝の瞑想の中で祈り続けている。

「誰かのために祈ると、脳の中に幸せホルモン、オキシトリンが放出されて、免疫力が上がる。たとえこころ塞がる思いに囚われていても、誰かのことを思い、その人のために祈っていると、自分のこころの強さやしなやかさが引き出される」(聖路加国際病院、腫瘍精神科 保坂 隆先生より)わたくしごとをここに置き、大切な人を、私の親しい人を、そして生きとし生けるものを思って祈る。祈る力を信じたい。

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最近、刺繍作家(装苑6月号参照)として地味に活動を続けている娘の作品で、背中にインドの神さまのひとり、ガネーシャが刺繍されたスカジャンを手に入れた。作品展用に作った作品のひとつで、幸い?売れずに残っていたので、ヨーガを究める母としては、手に入れんば!!と思い、買います!コールをしてゲットした。
ガネーシャはインドの神さまの中でも大好きな神さま。インドの神さまの中には、日本にそのまんま輸入?された神さまが多い。例えば大黒天のシバ神、弁財天のサラスヴァティーなど。ガネーシャも聖天として平安時代に日本に渡って来たそうだが、あまり根付かなかったよう。確かに日本には象さんはいなかったからね。でもガネーシャは、智慧と繁栄をもたらす神さまとしてインドでは庶民に一番愛されている神さまだ。インドの街角ではいつでもガネーシャに出会える。

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その神さまを娘が実に丁寧に刺繍した。娘は、コンピューターが描くデジタル世界とは真逆の、実に地道な手仕事に自分の表現の世界を探し続けている。小さいころからお喋りなお兄ちゃんに比べると、何も言わずに我が道を黙々と!というタイプだった。「こうしたらいいよ」と言ったら、一応頷き、でも決してそうはしなかった。そう、頑固もんだった。そんな頑固もんだから、ひと針ひと針、地道に刺して自分世界を描いていく手刺繍は、合っているのかな。
アートの世界を生業として生きていくのは、中々難しい。どんなことでも好きな世界でお金を稼ぐことが出来たら、本当に幸せだな、と思う。でも、お金を稼げなくても、自分にとっての生きる意味をちゃんと持って生きている人が一番幸せなのかもしれない。
「あなたの人生で生きる意味は何ですか?」ケント・M・キース氏はそう私たちに問いかけられた。

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大宮の学会で講演をお聴きしたケント・M・キースさんの「逆説の10ヵ条」を思い出している。キースさんがハーバード大学の学生だった19歳の時に書いた「逆説の10ヵ条」が、世界中に広まり、やがてインドのマリアテレサの目に留まり、その著書でも紹介されている。

「逆説の10ヵ条」

・人は論理的でもなく、不合理で、自己中心的だ。それでも人を愛しなさい。
・あなたが良いことをしても人はわがままだと非難するし、動機を邪推する。それでも良いことをしなさい。
・あなたが成功するとまやかしの友人と本当の敵を得る。それでも成功をしなさい。
・あなたがする今日の良いことは明日には忘れられる。それでも良いことをしなさい。
・正直さと率直さはあなたを傷つけやすい立場に追いやる。それでも正直で、率直でいなさい。
・最大の着想を抱く、心の最も大きな男女も、最低な考えを抱く、心の最も狭い男女によって打ち落とさ れてることもある。それでも大きな着想を抱きなさい。
・人は弱い者に同情しても、優勢者に追随する。それでも弱いもののために戦いなさい。
・あなたが何年もかかって築きあげたものが一晩で破壊されるかもしれない。それでも築きあげなさい。
・本当に助けを必要としている人をあなたが助けようとすれば、非難されるかもしれない。それでも人を助けなさい。
・あなたが持っている自分の最善を世のために尽くしても、酷い目に合される。それでも、世のために最善を尽くしなさい。

ひとつひとつの言葉が改めて胸に響いてくる。会場で質問を受けた時、自分のやっていることが偽善ではないかと悩むことがあるという青年に対して、彼はこう答えた。
「疑いを持たずに行動すれば、人を傷つける。疑いを持って行動しなければ、自分を傷つける」と。
悩みながら、戸惑いながら、それでも一歩一歩、前に進める歩み続けることが大事なんだなぁと改めて思った。
ひと針ひと針&一歩一歩・・・・・迷うから学ぼうとする。学ぶから一歩前に歩けるのかな・・・・
変わらずの一歩一歩。

 

皐月の空を見上げて

すっかりすっかりご無沙汰になってしまったブログを久しぶりに開く。さて、何から書き始めようか、、随分遠ざかっていたから、一体何から書き始めたら良いのかちょっと悩む。真っ青な皐月の空を見上げながら、相変わらず余震が続く熊本を想う。静まらない大地を憂う。
GWは毎年母の住む田舎に帰って、家族みんなでお茶摘みをするのが、もう十年以上続いていた。でも今年の初め母が亡くなり、我が夫や姉の夫が体調を崩していることもあり、今年は本当に久しぶりにどこへも行かず、我が家で過ごした。

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 ここんとこずっとずっと忙しかったから、こうして家にずっといることなんてなかったから、めっちゃ嬉しい。お天気も良くて、真っ青な空や木々の緑がキラキラ光っていて、もうそれだけで幸せ。

人込みや渋滞が嫌いだから、お出かけは無理!だから、放ったらかしになっていた2階の本棚の整理をし、衣替えと称して着てない服を処分し、ベランダの奥に突っ込んでいたものを片付け、ゴミ袋5個、そして本は紙袋4個以上!処分~!いや~よく働いたぁ!

で、疲れたら寝っ転がって、これまた溜まっている本を読みつつ、時々まどろみ~。あ~、こんな風に家にずーっといるのって何年振りかな??そうしみじみ思ったり。

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特に4月は超がつくほど忙しかった。私的な出来事も未だかってないほどてんこ盛りの中、4月末、埼玉の大宮であったヨーガ療法学会の分科会「がんとヨーガ療法」では、この1年間行って来た九州がんセンターでのヨーガ教室の報告を、100人近い人たちの前で20分近く、パワポを使って話をすることになり、その準備にも追われていた。

そんな日々、必ず行ったのは毎朝30分ほど早起きをして、静かに座す、瞑想タイム。すっかり気候も良くなって、朝早く座っていても寒くない。まずは深呼吸して丹田に軽い力を入れ、背骨を伸ばして姿勢を正す。こころを上唇の真ん中、人中(じんちゅう)に向け、そこに流れている呼吸の風を観る。ずっと観続ける。やがて左の鼻から息を吸い、右の鼻から息を吐いていく片鼻呼吸のイメージが始まっていく。でもこころはじっとしているのが嫌いだから、いつの間にか雑念が次々に湧き上がってくる。そんな雑念を、はぁ~・・あんたはそんなことを気にしてるんだ!と、飲み込まれることなく客観的に実況放送をしてるが如くに捉え、しばし後、また呼吸を観続ける。
30分間座っていて、多分20分近くは雑念の嵐との闘いかもしれない。でも全く雑念が消える時間が必ずある。頭の奥がすっからぴ~ん??になって、快晴の青い空に、限りなく青い空に包まれる時間がある。
そこでセットしていた携帯のタイマーが鳴る。え~!もう30分過ぎたんだと大きな背伸びをして現実に戻る。

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よっしゃ!リセット完了!という感じで1日を始めると、集中力が増す。今やることはこれ!!と、忙し最中での優先順位が見えてくる。朝から頭も快調!?!

もちろん埼玉、浦和(大宮のホテル取れず)のホテルでもベットの上での瞑想タイムを欠かさなかった。で、発表は???自分でも信じられないくらいの平常心で、しかも伝えたかったことのほぼ全てを話すことが出来た。「行為の結果を求めない」「今できることに全力を尽くす」無心で語り続けた20分だった。

お嫁さんが乳がんになり、ピンクリボンの会で聖路加の保坂先生のご講演を聞いて、自分の経験には必ず意味があることに気づかされた話もした。(会場内にその保坂先生がいらっしゃることも知らずに)
最後はこの1年がんセンターで出会った150名近い患者さんのすべてのお顔を覚えてはいないけれど、記憶に残る患者さんのことを思いながら、患者さんから寄せられたこころの声を紹介した。

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終わってからたくさんの方々からお声をかけていただいた。「先生、抱きついてもいいですか」と、若い療法士に言われ、「ハグは一回100円!」と返した私。とにかくみなさんの思いちゃんと伝えることが出来て良かったなぁと、しみじみ思った。よく頑張った自分を抱きしめてあげたいと思った。
そして私が行っているがんセンターでの「ヨーガ教室」という取り組みが、アメリカや欧米諸国と同じように、日本のがん関連の病院、緩和ケァーでももっともっと取り入れられ、患者さんのQOLを高める一助になることを祈りにも似てこころから願った。多分命が続くまで私のライフワークとして、これからも現場で、一人一人の患者さんに向き合っての指導をしていこうと、こころに強く誓った。

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後日大宮大会の担当者の方からメールが届いた。「会場内に保坂先生がいらっしゃって、二宮さんの発表に、保坂先生のお名前が出て、先生も喜ばれたとのことです。」え~!!なんと間抜けな私。折角の機会だったのに、なんにも知らずにご挨拶も出来ずに・・・・でも、きっと伝わっていますよね?!
不思議な繋がりの連鎖が今の私を支えてくれていることに、感謝する日々。それらすべてが私の今を支え励まして下さっていることに感謝!!
熊本の被災地にヨーガ療法ボランティアとして入り、共に過ごすことが出来たらと願い、ボランティア申請もした。今できることに全力を尽くす。その思いしっかりと胸に抱き、変わらずの一歩一歩。

 

母が逝った日

1週間前の今日、母が静かに旅立った。小さな村にある大きな家で、祖父母を父を見送った母は、その家にもう一度帰りたいという願いは叶えられないまま、入院中の病院のベットの上で、信じられないくらい穏やかな顔で、静かに静かにその生涯を終えた。その一部始終を私はひとり、ずっと見つめ続けた。
母の急変を知らされたのは先週の木曜日。その日から祈る思いで仕事を続け、土曜日は結局レッスンを休講にして別府へ向かった。

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前夜病室に泊まってくれた弟に代わり、連日の看病で疲れ果てていた姉を家に帰し、その夜は私が母のベットの側で眠ることにした。木曜日から意識を無くしてしまった母は、全力で苦しそうに息を吸い続けていた。「お母さん、苦しいね。でももう頑張らんでいいよ」そう何度も語りかける。少し眠らなくてはと横になる。でも結局1時間ほどまどろんだだけで、また起き上がり母を見つめる。

母は口を大きく開けて懸命に息を吸おうとする。その間隔が少しずつ遠くなり、そして小さくなる。不規則に静止して、また思い出したかのように息を吸う。「お母さん!息を吸おうよ!」命の炎が細く弱くなっていく。やがてそんな懸命の姿勢が少しづつお休みを始め、その頻度が少しづつ増していった。母の命が終焉に近づいていることを知り、少し慌てた。もうこれ以上延命の処置はしないと、決めたのだから、慌てずにしっかりと母の最期を見届けなくては!私は気を取り直し、また母の側で見守り続けた。

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人は生まれ、やがて誰もが死を迎える。死に逝く人はこんなふうに最期の時に近づいていくのか。「お母さん、ありがとうね。ありがとう、お母さん!」少し冷たくなった母の手を握り、そう何度も母に言い続けた。心拍が50から急下降していく。ずっとずっと休んでから小さくか細い息をひとつ吸う。そして・・・・母の表情から苦しみが消え、穏やかな優しい顔になり、そして、母の命の炎が静かに静かに消えていった。
その瞬間、神さまの元に往ったんだ!そう思った。それほどに、母の顔は優しい光に包まれているようだった。
駆けつけた姉を見た途端涙が溢れた。「お母さん、逝ってしまったよ・・・・」看護師が医師を呼び、駆けつけた医師によって、死亡時間が告げられた。「5時20分お亡くなりになりました。」「ありがとうございました」姉と私は今まで本当に最善の処置を行って下さった先生に深く深く頭を下げた。

最近読んだ立花 隆氏著の「死はこわくない」中に、「臨終時には人間は恐れではなく、平安な夢見心地の状態に入り、そのまま死を迎えるようになる」と書かれていた。母はまさに平安の光に包まれるように、穏やかに逝った。

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家族葬でとも考えたけれど、今までお世話になった村の人たちや、親戚の人たちとも一緒にお別れしたかったので、翌日の月曜日、村に近い葬祭場で葬儀を行った。母の顔はとても綺麗で、優しさに溢れていた。私はそして姉は、母と過ごした日々をひとつひとつ思い出しながら、溢れる涙を止める術を無くし、子供のように泣き続けていた。多分一生分の涙を流してしまったかもしれないな。親戚の人たちから、母の小さい時の話や父とのことなど、知らなかった話を聞いたり、村の人たちも母の死をこころから悼んで下さった。息子が常子ばあちゃんへ、と木浦での思い出を静かに語った言葉はとても胸を打つものだった。「良かったね、お母さん。幸せな人生だったね・・・」そうしみじみと思った。

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葬儀の後はお骨になった母をみんなで木浦の家に連れて帰った。気道を切開して声を無くしてからも「か・え・る」と声にならない声で訴え続けていた母を、やっとこの家に連れて帰えることが出来た。夜は家族みんなで夕飯を食べ、賑やかな宵を過ごした。「いつまでも喋っとらんで、風呂に入らんね!!」そう叫ぶ母の声が聞こえるようだった。

忙しかった1週間が終わり、やっと母の死と改めて向かい合っている。眼を閉じると一週間前の母の姿が目の前に現れてくる。優しい母の顔と共に、「頑張らんといかんよ」そういつも言っていた母の声が聞こえる。今週末は母に会いに木浦に帰る。姉や弟と力を合わせて、あの家を守っていかなくては!「大丈夫だよ、お母さん」日が経つにつれ増していく喪失感、悲しみを胸の奥に抱きながら、今週も一歩、一歩・・・

★最近読んだ本   「死は怖くない」  立花 隆著
         「職業としての小説家」  村上 春樹著

 

 

 

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真っ白な世界で考えたこと

目覚めたら外は真っ白な世界に変わっていた。大寒波到来!で、ここ福岡もこの冬初めて雪が積もった。久しぶりのお休みに片付けなくてはいけないこと山積みだから、閉じ込められたことを幸いとして、1日中机の前に座り、資料の整理に集中して取り組んでいた。しんしんと雪が降り、窓の向こうは真っ白な世界が広がっていて、そのピーンと張りつめた静寂が、むしろここちよい。

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1月いっとき・・・・本当にいっときの間に過ぎ去っていく。母を見舞いに別府へ行く電車ソニックの車内で、重くなった携帯のデーターを整理し消去しようと、録音されたものを聴き直していたとき、すっかり忘れつつあった、懐かしい過去のひとときと思いがけず再会することが出来た。それは5年前の冬、ヨーガ療法士の資格を取るために大分に通い勉強をしていた時の講義の録音だった。講師の山岡先生がヨーガスートラの第二章第15節をわかり易い言葉で読み解いていく。先生の問いかけに答え、頷き、時には笑う5年前の私がいる。仲間たちの声が聞こえる。一瞬にして5年前のあの空間に戻る。

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事象の転変と不安と残存印象とからは、苦悩が生じ、同じく、三種の徳性と心理作用双方の働きが相反するゆえに、識別の智慧を得た者にとっては、この世のすべては苦しみなのである。(Ⅱ-15)」

生きている限り試練は次々にやってくる。しかしその試練を苦とみるか、その苦を学びと捉え、智慧を得るか・・・・
私たちは天気の良し悪しを雲の有無で判断する。雲の上にはいつも青い空があるのに。人生も同じ。耐えず雲が生じ、流れていく。人は事象の変転に心を乱し不安、恐れを抱く。変わらない青空の存在を忘れて。人はなぜそれを苦と捉えるのか?それは過去の記憶からこれは「苦」だと判断をするからだという。残像印象(過去の記憶)が一層それを苦だと受け止めてしまう。
しかし識別の智慧を得た人は、こころの自由度が広いから、苦の中に意味を見出し、苦を苦と思わず、ゆえにそれを苦だとは捉えなくなる。
どんなことが起きても、それに意味があって起こっているのだとむしろ次のステップへのチャンスと受け止める。それって言うは易く、行うは難しだよね。
だから、そうありたいと願い、ヨーガを学び続けている。そして一人静かに座したとき、決まって自分に問いかけている。この苦にはどんな意味があるのか・・・

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年明け早々、学会本部から4月末に埼玉の大宮で開かれるヨーガ療法学会の分科会で、ずっと指導してきたがんセンターでのヨーガ教室のことを講演して欲しいと依頼が舞い込んで来た。「えっ!!この私がですか!」分科会とはいえ、100人近い人たちを前に、ちゃんと臆せず話すことが出来るのだろうか?私のようなただのおばさんがそんな晴れがましい場所に立っていいのだろうか?・・・・不安、恐れがぐるぐると頭の中を回り、そしてやっとスートラのこの言葉を思い出した。

「いまだ生じて来ぬ苦悩は、除去しうる。(Ⅱ-16)」

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 大地にしっかりと根を張り、天に向かって枝を広げ、迷いなく立っている木のように、凛として迷わぬ私でいたい。そのためにも真摯に学び続ける姿勢を失わないでいよう。
資料を整理し、ヨーガ教室で行ったアンケートの集計に終日パソコンの前で格闘していた。ほぼ7時間近く。外は相変わらず真っ白な世界が広がっていた。
抗がん剤で辛い気持ちが晴れ、頭がすっきりしました」「先生のお話で勇気づけられました」「今後の生活に取り入れて、前向きに生きていきたいです」「シンプルな動きでこんなに効果を体感できることに驚きました。他の病院でもこのような機会があるととてもいいと思いました」
寄せられた患者さん一人一人の言葉が背中を押してくれる。そう、患者さんの思いを伝えるために、頑張らなくては!!
真っ白な世界で考える。こころを真っ白にして、与えられたことを懸命にひとつひとつ向かい合っていこう・・・と。

変わらずの一歩一歩、ニコニコの2月もうすぐそこに。

注釈:『ヨーガ・スートラ』はインド哲学の1派であるヨーガ学派の根本経典。成立は2-4世紀頃。パタンジャリによって編纂されたとされる。By ウィキペディア

★最近読んだ本  「ラオスにいったい何があるというのですか?」村上春樹
★最近観た映画  「007 スペクター」 ダニエル・クレイグ主演

2015年の終わりに思うこと

なんと3か月ぶりに「パザパ」に向かい合う。ほとんど消え入りそうなブログながら、かくも長き不在の理由は?あげれば限りなくあり、でもそれはきっと言い訳に過ぎないのかもしれない。しかしこの1年益々仕事が忙しくなり、追われるように日々を過ごし、走り続け、やっとほっとしたらもう今年も終わりの時になっていた。

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全てから解放されて過ごす9日間のお休み!!でも主婦だからお正月を迎える準備に毎日大忙しで過ごしているのだけれど、台所やお風呂の汚れに格闘したり、お節の準備に台所で立ちぱなしで過ごす時間は、実は結構楽しい。ヨーガの指導って、意外に体以上に頭を遣い集中することが多いから、何にも考えずに黙々と作業に集中する時間で、スイッチが切り替えられていく気がする。博多のお節の代表格?!がめ煮の下準備をするために、ゴボウ、里芋、人参、蓮根さんたちの皮を剥いていると、この皮もったいないなぁ・・・と、思えてくる。せっかく産まれて?きたのに、ゴミに捨てられてしまうなんて。そうだ、木浦の畑のように野菜の皮をポット?に入れて堆肥にしようかな・・・そんなことを真剣に考えながら野菜さんたちと向かい合う。いつもはそんな余裕なく過ごしているから、そんな気づきにちょっとウキウキしてみたり。

f:id:chezk087:20151230222902j:plain今年は本当にいろんなことがあったなぁ。家人も寝て静かになった居間で、猫ちゃんふたり?!しみじみと振り返る。一番はやっぱり息子のお嫁ちゃんのことかな。随分随分心配した。いっぱいいっぱい祈った。姑って寂しいね。そんなことしかできないわが身に何度も自問を続け、涙したこともあったっけ。でも神さまに思い通じ、ではなくて彼女の頑張りが実を結び、命が輝きをさらに増すことが出来た。逆境に何を学び、次のステップに繋げるか、彼女から学んだ1年だった。

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4月から始まったがんセンターでの患者さん対象のヨーガ教室も彼女のことがあったから頑張れた気がする。入院患者さん対象の教室なので毎回参加者が変わり、その方たちの症状も異なる。準備したことが通用せず、ヨーガ療法士としての自分の資質が問われる時間は、実は緊張の連続だった。でも、私の一言一言に懸命に耳を傾け、答えて下さる患者さんの姿を目にすると、大きな責務を感じる。そして教えられる。こんな私でも役に立てることがある、頑張らなくては!と。

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今年はがんセンターだけではなく、長い間避けてきたスポーツクラブでの指導も再開した。表向き元気そうな皆さんも結構いろいろありかなと思いながら、スポーツクラブでは体よりこころへのアプローチも試みながら、元気でピンコロ??ではないけれど、未病への指導も私の仕事かなと思っている。

 

母は相変わらず機械に繋がれ、食べる楽しみも喋る楽しみも失われたまま、来る新年も今年同様病院で迎える。だから新年が明けたら母の病院へ行く。今年は大雪で片道5時間近くかかったけれど、新年は今のところお天気にも恵まれそうだから、スムーズかな・・・

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2015年、大変だったけれど、忘れられない年になった。「災い転じて福となす」結局何を掴むかだよね。夕方見ていたTVで徹子さんが言ってた言葉・・「優」・・・どんな相手でもまずは理解すること。それぞまさにヨーガ療法士に一番大切な言葉。いただきました~!!来年は「優」一層優しい自分でいたい。で、今できることを全力で尽くす!そんな姿勢は変わらず、不器用だけど懸命に生き尽くす。ありがとう、2016年。

明日から始まる2016年、またどんな出会いや感動が待ち受けているか、楽しみにしながら変わらずの一歩一歩・・・・・

 

 

命について考えた・・・

昨日はお彼岸、そして今日は敬老の日、明日は国民の休日(?)明後日は秋分の日。土曜日を入れたら5連休、なんでもシルバーウィークというらしい。何とか仕事を調整し2日のお休みが取れたので、母に会いに別府へ行き、ご先祖様に会いに4か月振りに村へ。フルに時間を使って移動し、体を使って働き、忙しかったけれど、中身の濃い2日間を過ごした。

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2週間前は「かえる!」と何度も声を無くした声で叫んでいた母は、目を開けるのも辛そうに眠り続けていた。「お墓に行って掃除して、お母さんのことちゃんとお父さんにお願いして来るけんね」そう耳元で言ったら、ちょっとだけ頷いた気がしたけれど。

少し重いこころを抱え山里へ向かった。久しぶりの実家は、住む主のいない家は、そこかしこに主のいない痛みが見えて、気持ちが少し重くなった。掃除機をかけ、汚れを磨き、覆っていた不在の沈殿ベールを拭い去る作業に汗を流した。「お母さん、あなたのいない家は、少しづつ綻んでいるよ。でも、大丈夫。私たちがきっと守るから。」気が付けば病院にいる母にずっと語り続けていた。

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そして、お墓に行く。枯葉を掃き出し、墓石を磨き、蝋燭を立て線香を手向け、静かに手を合わせる。「お母さんがこころ穏やかに最期の時を過ごし、あなたたちの元に旅立てますように・・・」懸命に祈った。生と死の交わりの場所で、真っ赤な彼岸花が静かに咲いていた。

夜は私の手料理で、久しぶりに会った弟夫婦と母について、これからについて、ゆっくりと語り合い、山里の夜は更けていった。母のベットがある座敷に布団を敷いて一人眠った。こんな夜は初めてだわと思いながら、母がトイレに起きる度に目覚めていた夜を懐かしく思い出していた。もう家に帰ることはできませんと言った医者の言葉を思いだし、もうこの場所に帰れない母を想いながら。やがて川の音を子守唄に、いつの間にか深い眠りに落ちていった。相変わらずの悲しみを抱えながら・・・
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母の昼間の面会時間に間に合うように、前ん畑の草を大急ぎで鎌を手に片付けてから、里山を後にして、再び病院へ向かった。母は目を開けてちゃんと私を見つめてくれた。母を抱きかかえるようにして、背中をさすり続けた。
「お母さん、ありがと。私を産んでくれてありがと。育ててくれてありがと。」母への感謝の思いが溢れ、涙が止まらなくなった。泣いてはいけないと姉に言われていたのに。「ごめんね。お母さん、泣いてしまって」そう言うと母は静かに頷いてくれた。
願うのは母が最期の時まで、こころ穏やかに過ごしてくれることだけ。命について考える。私の家族、私の親しい人たち、そして私自身の命。すべてに始まりがあり、やがて終わりがある。命も同じ。始まりも終わりも選べないし決められない。だとしたら、その日まで悔いなく生きるしかない。月並みだけど、今を生きる。懸命に生きる。
命について懸命に考えたささやかな休日の二日間が終わった。明日からまた仕事に追われる日々が始まる。しばらくは必要とされる場所がある今を生きるしかない。
悲しみを抱えながら、涙をぬぐいながら、今週も今を懸命に一歩一歩。

■彼岸花が咲く日に・・・

葉知らずの花が咲き、その花が散った後、花知らずの葉が出でる。互いに出会うことはない、悲しい?花、彼岸花が咲く日。気が付けばもう9月も後半へ折り返している。
日本列島は過酷な自然災害に揺さぶられ、痛めつけられ、そして残暑もなにもないままに、季節は一気に移り逝く。テレビのニュースに胸を痛め、相変わらず祈るしかできない無力な我を抱える日々。
この夏、私は何したっけ?夏を振り返る宵。
そうだ、8月末、1泊2日で京都を歩いた、いや走った?と、言ったほうがよいかも。ささやかな夏休みを仲間3人と、つまりおばさん4人旅を楽しんだ。

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いきなりの蕎麦写真ですが、朝7時半の新幹線に乗ると、お昼は京都でランチが全然オーケーの博多の地の利!改めて感謝しつつ、今回のお昼は烏丸御池にある蕎麦屋「本家尾張屋」でいただく。創業500年、応仁の乱の頃、団子屋として創業し、江戸時代中期(1700年頃)に蕎麦屋を始めたという老舗でお勧めの「宝来蕎麦」。五種の異なる薬味でいただく蕎麦。大満足でした。食べても食べてももっと食べたいと思える、そう飽きない味はすごい!!蕎麦も出汁も文句なしに美味い!!
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まずは快調な滑り出し。足取りも軽く宿泊先のホテルに荷物を預け、龍安寺へ。雨に濡れた道を歩く。鮮やかな緑の紅葉(もみじ)にこころ洗われる。池には蓮の花が咲き、木々はしっとりと雨に濡れ、生き生きと輝いて見える。かって何度が訪れたことがある場所ながら、訪れた時によって異なった顔を見せてくれる。四季のある日本だからこその至福の時間に浸る。ずっぽりと浸る。
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龍安寺のお庭は、外国人旅行者で一杯だった。4度目のお庭ながら、そんな景色も初めて。彼らは座し、じっと庭を見つめる、日本人と同じように。500年以上も前に作られた枯山水の庭。日本人の美意識は本当にすごいなぁ!!と、改めて思う。かっていろんな国に旅したけれど、こんな庭はこの国しかない。そうだ、彼らの感想?を聞いてみればよかったな。

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京都はやはり日本人の魂の原点が、今も脈々と生き続けている場所なんだと改めて思う。その後訪れた大徳寺大仙院でも、その庭の素晴らしさに加え、ご住職のご講話に感動。「気を長~く、こころ丸く、腹を立てず、人を大きく、己は小さく・・・」禅の教えはヨガ道とおんなじ。こころ真ん丸になりました。いいなぁ!やっぱ京都は。こころが洗われます。ほんとに。
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こころ洗われた後はお腹が空く!これまた歴史刻む今宮神社の参道にある店で「あぶり餅」をいただく。きな粉をまぶした餅を炭火で炙った後、白味噌のたれをぬった餅菓子は、思いのほか美味しくて、ほっこり和む。平安時代からある日本最古の和菓子屋さんだとか。そんな遠い遠い昔のかっての日々の賑わいを想像しながら、立ち止まり、振り返って、時空を超えた世界に一瞬身を置いて・・・・
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四条河原町にバスで移動して、定番ながら三条にある「イノダコーヒー本店」へ。私の敬愛する高倉健さんも通ったお店。今から40年以上前の大学時代から、深夜バスで東京から京都に何度か通った。で、必ずイノダでコーヒー飲んだなぁ。懐かしい場所は、あいにく満席状態で狭い部屋でのコーヒータイムだったけれど。この場所で過ごした昔々を思い出し、今の私を思い、これからの私を思い、美味しいコーヒーをいただいた。
夜はかって何度か行ったことのある「くし蔵」でお腹いっぱいの夕餉。ホテルに戻ってからは女子会!?いいね。日常から離れる時間は、やっぱいいね。
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京都旅2日目。朝6時起床で7時にはホテルでお粥の朝食後、京都御所へ。御所見学は2度目。残念ながら今回の案内人は、愛想もなくこころもなく、マニュアル通りの案内で、がっかりだった!!案内人によって旅の一コマはいかようにも変わる!!こころ尽くして思い伝える・・・いつもって無理なんだろうか。

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気を取り直して、急ぎ鞍馬へ。鞍馬寺へ昇るケーブルあるからと渋る仲間を誘ったもののケーブルはなぜか運休。ならば歩くしかない。鞍馬寺への道は30分。めげそうになる仲間を励まし?、どんどん先を歩き、到着!!二度目の鞍馬寺は相変わらず期待を裏切らないパワーで溢れていた。むしろパワーアップしたくらい。緑いっぱいの山々からのパワーいっぱいスポットでエネルギー充電!!
下り坂は雨に濡れた階段ゆえに滑らないように慎重に降りる。半端なく力入り、間違いない明日は筋肉痛に!山を降り、川床料理屋からのお迎えの車で、「貴船茶屋」へ。雨ゆえに川床ではないお座敷でお食事をいただいた。窓の外は雨。木々は雨に濡れ緑いや増す世界は、まるで緑のプールの中にすっぽりともぐりこんでいるかのような不思議な感覚に包まれながら、ゆっくりいただいたお料理の数々。中でも鮎、美味しかったなぁ。女将さんも若女将も笑顔が素敵で、大満足の「貴船茶屋」でした。

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戻って来た下界?鴨川の岸では川床(かわゆか)料理屋が提灯の明かりと共に京の夕暮れを彩っていた。錦市場から四条の橋を散策して、お茶屋さんで初めての味、抹茶ラテを味わい、お買いものも楽しんで、1泊2日短いけれどかなり濃厚な京都の旅を無事に終了。1日ほぼ1万5千歩。2日間でなんと三千歩歩いた駆け足旅でした。
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日常から離れこころ遊ばせたプチ旅。たまにはいいよね!戻って来た日常はこころ快晴!?!こころの洗濯旅、大満足!でした。
それもこれも楽しい仲間のお蔭。仲間に感謝!私の感性アンテナに感謝!
いろんなことが起こる。頭抱えてうずくまる時もある。でもまた立ち上がる力もある。こころの栄養も大事。さぁ、もうに後半に差し掛かった9月では、どんなこころ遊ばせる時間あるかな。変わらずの一歩一歩。

★最近観た映画 「ミッションインポッシブル」トムクルーズ主演

★最近読んだ本 「流」東山 彰良 著    
        「命の格差は止められるか」 イチロー・カワチ 著
★今 読んでる本 「第2図書係補佐」  又吉 直樹 著

★最近はまっている雑誌 「つるとはな」発行人 佐藤 真  編集人 岡戸 絹代